
硝子体手術
術後眼内炎など白内障手術の合併症の治療としても行う硝子体手術は、網膜剝離、糖尿 病網膜症、黄斑円孔、硝子体出血などの治療を目的とした手術でもあります。
硝子体手術も、近年飛躍的な進歩を遂げており、安全性も 年前と比較すると格段に向 上しています。それでも、手術手技が極めて難しいことには変わりなく、術後に様々な合併症を引き起こす可能性もあります。
また、手術が成功したとしても、視力が改善しない場合もあります。かえって視力が悪化する場合もあります。これは、網膜剝離の治療、黄斑前膜の除去などの手術の目的を達 成しても、網膜の機能を完全には回復させることができない場合もあるからです。従って、 病気や手術の説明を良く理解した上で手術を受けることをお勧めします。
目の構造
眼球の前方には、黒目(角膜)がありその後ろには透明な水(前房水)と虹彩(瞳孔を形成する)があります。その後ろに水晶体があります。水晶体の後ろには、硝子体という透明な卵の白身のようなものがあり眼球を満たしています。硝子体の後ろには、網膜という神経と血管の膜があります。網膜の中心部を黄斑と呼びます。

硝子体手術を必要とする病気
1) 糖尿病黄斑症
糖尿病網膜症が進行したものはもちろん比較的軽度のものでも網膜の中心部の黄斑部に浮腫が生じる黄斑症が起きる場合があります。黄斑症が起きると他の部分の網膜が正常であっても極度の視力低下が起きます。黄斑症が起きた場合は、黄斑部に網膜光凝固術を行い、無効なら硝子体手術を行うか、最初から硝子体手術を選択する場合があります。硝子体手術により後部硝子体膜を含んで硝子体を除去しますと、黄斑部の浮腫が消失する可能性があります。硝子体手術により、視力が改善するのは約70%程度と考えられています。残りの約30%の患者さんでは視力が改善しないか、視力がかえって低下する場合もあります。しかし、浮腫を放置すれば、いずれ視力低下が進行します。手術前、手術中に必要があれば、網膜の浮腫の抑制に効果のあるアバスチンという新薬を眼内に投与します。
2) 増殖性糖尿病網膜症
糖尿病の罹病期間が長く、糖尿病の状態が悪い患者さんは、糖尿病網膜症が単純性のものから前増殖性、増殖性網膜症へと進行します。増殖性糖尿病網膜症の場合、新生血管や増殖膜が網膜上に存在します。新生血管はその構造が弱い為に出血しやすく硝子体出血を来たします。硝子体出血により極度の視力低下が起きた場合は硝子体手術によりその出血を除去する必要があります。また、網膜上の増殖膜は牽引性の網膜剥離を起こし、放置すると失明につながる場合があります。これを防ぐ目的で硝子体手術を行い、増殖膜とその温床となる硝子体をできるだけ切除します。また、手術中に周辺部の網膜に光凝固を行い、新生血管の発生や増殖膜の再発を予防します。手術の約1-2週間前に、血管新生を抑える新薬、アバスチンを眼内に投与して手術を行います。
3) 黄斑前膜
黄斑部に異常な膜が生じ、黄斑を牽引して、ものが歪んで見えたりする症状が出ます。進行すると視力が低下します。手術により硝子体を切除し、網膜の上にある異常な膜を剥離、除去します。必要があれば、さらに内境界膜(網膜の最表面の膜)を染色し見えるようにしてから、剥離、除去します。
4) 黄斑円孔
黄斑部に小さな孔が生じ、視力が著しく低下します。この場合は、硝子体を切除し、内境界膜を染色し剥離、除去します。そして、眼内に空気を注入し、網膜を空気で押さえておきます。時間が経過すると小さな網膜の孔、つまり黄斑円孔が閉鎖されて、黄斑の機能が回復し視力が改善する可能性があります。
5) 網膜剥離
硝子体の老化に伴う収縮により網膜が硝子体線維に引っ張られて網膜に孔があいて、その孔から網膜の下に液体が浸入して網膜が剥がれる病気です。硝子体手術により、網膜を引っ張っている硝子体切除します。さらに、空気を眼内に注入し網膜の下にある液体も全て除去し網膜を正常の位置に戻します。網膜の孔は周囲をレーザーで凝固し再び網膜が剥がれないようにします。
6) その他
いろいろな原因で硝子体出血、硝子体混濁、黄斑浮腫、網膜剥離を起こす場合が他にもありますが、このような場合も硝子体手術を行い、硝子体を切除し出血や混濁を除去します。さらに、必要があれば増殖膜などを切除し網膜を正常の位置に戻すことが必要になります。
硝子体手術の流れ
当院では全て手術は日帰り手術で行っておりますので、硝子体手術を受ける場合も入院の必要はありません。
通常、硝子体手術は、白内障手術と同時に行います。すでに白内障の手術を受けている方は、硝子体手術のみを行います。白内障の手術を行う目的は、白内障があると手術中に網膜を見ることが困難になり硝子体手術が難しくなるためです。また、水晶体を残して硝子体手術を行うと網膜の周辺部にある硝子体を切除することが困難なためです。
硝子体手術を受ける約2時間前から瞳を開く目薬をつけて、前方から水晶体及び眼底が広く見えるような状態にします。手術室に入る直前に麻酔薬を点眼します。手術室に入ったら、椅子に掛けて頂きます。この椅子は自動的に横になって手術用のベッドになります。その後、消毒液で目の表面を消毒します。消毒が済むと清潔な布が顔に被さります。そして、瞼を大きく開く器械が置かれ、顕微鏡で目を観察しながら、白内障の手術を行います。
白内障手術が終わり、硝子体手術を始める前に球後麻酔という強い麻酔を行い、眼球全体が痛みを感じない状態にします。この麻酔はかなり痛いですが10秒程で終わりますので少しの間動かずに我慢していてください。球後麻酔をした後に硝子体手術が開始されます。まず、角膜(黒目)の上に特殊な網膜を観察するためのレンズを取付け、強膜(白目)の3箇所に小さな傷をつくり、そこから硝子体を切除するための手術器械を入れられるようにします。
最初に硝子体を注意深く切除します。その後は、患者さんの目の状態、病気の種類により色々な操作を行います。例えば、網膜の上に増殖膜がある場合は増殖膜を特殊なハサミで切除します。
網膜に孔があり、網膜が剥がれている場合はいったん眼内に空気を入れて網膜を正常の位置に戻し網膜の孔の周りを光凝固して再び網膜が剥がれないようにします。糖尿病網膜症の場合は網膜光凝固術を追加します。目の状態に合わせてこれらの手術操作を組み合わせて手術は行われます。
従って、手術時間は目の状態により30分から2時間と様々です。そして最後に人工レンズを移植します。手術が終了したら眼帯をして少し休憩して頂いて、気分が悪くなければ帰宅して頂きます。帰宅後はなるべく安静にしていてください。眼内に気体が入っている場合は3-5日間、食事・トイレ以外は、うつ向きの姿勢を保ってください。手術当日は、手術後の出血を防ぐために、眼球の圧を高くしてありますので痛みがあります。鎮痛薬を処方してありますので飲んでください。2回分処方してありますので、痛みが続く場合は3時間毎に飲んでください。
痛みが我慢できる場合はなるべく一回だけ飲むようにしてください。飲み薬は、他に抗生物質と胃薬の2種類が3日分処方してありますので忘れずにお飲みください。目薬は、眼帯が必要なくなってから始めるように指示いたします。目薬は、炎症を抑える目薬(0.1%リンベタPF)と細菌を殺す目薬(ベガモックス)を一日4回つけてください。
必要な場合は、瞳を開く目薬(ミドリンP)を朝10分毎に3回つけてください。手術後7-10日で目薬は変更になります。手術を受けてから1週間は目を擦ったり、押したりしないでください。また、不潔にしないように注意してください。
お風呂は首から下であれば手術の翌日から入れますが、洗髪、洗顔は1週間避けてください。
手術後1週間後からは、目をよく閉じて、なるべく目に水が入らないように、普通に洗髪、洗顔して頂いて結構です。
硝子体手術の合併症
1. 網膜剥離
手術後に様々な原因で網膜剥離を起こす場合があります。そのような場合は、再び硝子体手術を行い、網膜剥離を治療する必要があります。
2. 手術後の硝子体出血
様々な原因で、眼内に出血が起こる場合があります。出血の量が大量であれば、再び硝子体手術を行い眼内の出血を除去する必要があります。
3. 血管新生緑内障
網膜の血流が障害されている場合、眼内に存在する血管新生因子が虹彩に作用し、異常な血管を作り眼内の水の流れを障害して眼圧を上昇させて緑内障を引き起こします。
4. 黄斑前膜
網膜の中心部、すなわち黄斑に術後、増殖性の膜が生じて視力低下を起こす病気です。
5. 増殖性硝子体網膜症
手術後に、取りきれなかった硝子体が炎症反応などにより、強い増殖性の変化を起こして網膜を引っ張り、網膜剥離を起こす病気です。
6. 術後眼内炎
手術中に細菌が眼内に入り、手術後に強い炎症を起こす可能性があります。その場合も、硝子体手術を行い、眼内を抗生物質で洗浄する必要があります。
再手術と失明の可能性
再手術の可能性は5-15%と眼の状態により違います。 再手術を行っても効果が得られなければ失明します。失明の可能性は、眼の状態によりますが、おおよそ、増殖性糖尿病網膜症、網膜剥離で1-3%、糖尿病黄斑症、黄斑円孔、黄斑前膜で0.3%です。
硝子体手術を受けるかどうか
硝子体手術では、術後に様々な合併症を引き起こす可能性があります。また、手術が成功したとしても、視力が改善しない場合もあります。かえって視力が悪化する場合もあります。これは、網膜剥離の治療、黄斑前膜の除去などの手術の目的を達成しても、網膜の機能が完全には回復させることができない場合もあるからです。従って、病気や手術の説明を良く理解した上で手術を受けてください。医学的には手術が必要であっても、その手術を治療として選択するかどうかは患者さんが決めることです。